愛についての考察
(2003年 執筆)

愛するっていうのはどういうことでしょうか。

愛するっていうのは、すっごく好きってコトでしょうか。
それとも、無償で何かをしてあげたいってコトでしょうか。
きっと愛するって意味は、人によって違うと思います。
だから今回は僕の個人的見解を語ります。


どんなに親しい人でも、その人の全てを理解するなんてできません。
どんなに親しい人でも、僕の知らない弱い部分や悪い部分があると思います。
その人の全てを理解することはできませんが、 その人の全てを受け入れることはできると思います。

「愛するっていうのは、相手の良い部分も悪い部分も全てを受け入れることだと思います」

恋愛で例を挙げましょう。
つき合い始めの頃や出会って間もない頃は、相手に自分のことを好きになって欲しいから、自分のいい部分を見せようとすると思います。
恋にときめいている間は、それでも幸せでしょう。
しかし、長くつき合うほど「ときめき」より むしろ「やすらぎ」が必要になってきます。
そして、自分のいい部分ばかりを見せているだけでは「やすらぎ」は得られないでしょう。いつか疲れてしまうかもしれません。
自分の弱い部分や、だらしない部分を含んだ、素の自分を見せられるからこそ「やすらぎ」が得られるんだと思います。
そしてそこで、相手の弱い部分や だらしない部分も全て受け入れるってコトが、愛するってことじゃないかと思います。

こうやって、相手の弱い部分を受け入れ合うみたいなコトを言うと、それはお互いを下げ合うただの慣れ合いだと言う人もいると思います。
まあ実際その通りだと思います。
全てを受け入れて、それがお互いを下げ合う慣れ合いになるかどうかは、その人次第だと思います。
自分としては、「お互いに相手の全てを受け入れた上で、自分のコトをもっと好きになってもらいたいから自分のいい部分も見せたりして、でも普段は素のままの自分を受け入れてもらう」ってのがいいなぁと思います。

そして、愛し愛される上で重要になってくることは、信じることです。
相手が自分のことを受け入れてくれるって信じてなければ素のままの自分は出せないと思います。


なんか色々書きましたが、この文章は引用など一切ない「僕の個人的見解」なので、こういう考え方もあるのか程度に思ってください。
愛の考え方に、一般的な定義や解釈などなくていいと思います。愛の形は愛の数だけあると思うのです。




もどる